今回、話題になっている公立福生病院の透析中止の話について書いてみたいと思います。
今回の44才女性の透析中止について、現在日本透析医学会が調査を行っております。
報道ではいろいろな話が出てきますが、実際に医師と家族のやりとり、そしてどの様な手順が行われたのか、患者さんの状態がどのような状態だったのか判りませんのでその事について意見を言う事は出来ません。
その上での話で、透析中止→透析学会では“透析見合わせ”としていますが、きちんと整理して見た方が良いと感じました。
まず、大前提として、透析を見合わせると死に至ると言う事があります。
そして、これから透析になる方と現在透析を行っている方では透析を見合わせた場合の予後はかなり違ってくると言う事もあります。
長く透析を行っており、無尿の状態の方では透析を見合わせると1−2週間くらいで死に至るのに対し、透析導入以前の方では亡くなるまでの期間はかなり長いと言う事です。
海外の論文では、75才以上の方の場合には透析導入した方と非導入の方であまり予後は変わらなかったと言う論文もあります。
ただし、これは透析の成績が日本とは異なる海外での論文ですので、高齢者に手厚い医療が提供されている日本ではどうなのかは判らないです。
話は戻りますが、この透析導入以前の方で透析の見合わせを検討するケースは時々見られます。
この為、学会では、日本透析医学会血液透析療法ガイドライン作成ワーキンググループ 透析非導入と継続中止を検討するサブグループを作成して『 維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言』を2014年に発表しています。
その2年前の2012年には、日本透析医学会総会にて
『慢性血液透析療法の導入と終末期患者に対する見合わせに関する提言(案)』
「慢性血液透析療法の非導入/継続中止(見合わせ)」に関する血液透析療法 ガイドラインワーキンググループからの提言(案)2012 を策定することに至った経緯について
を、委員会報告として報告されています。
その中で
どのような判断基準で透析非導入という決定をされましたかと言う問いに対しアンケート調査結果が報告されています。
内容としては、本人の強い希望、認知症、身体状態などが書いて有ります。
我々透析従事者としては、患者さんに透析医療を提供したいのだが、多くのケースがやむ得ない理由で断念しているのが現状であると言う事が判るかと思います。
2016年の調査では、透析導入患者の平均年齢は69.4才まで上昇し、女性導入患者の47.2%が75才以上であり、90才以上で透析導入となる方が全国で875人となっていると言う現実があります。
今後は更に高齢化が進みます。そうすると、必然的に透析導入を行わない見合わせの患者数は増加していくと思われます。
この様な差し迫る現実に対し、日本透析医学会が提言をまとめています。
ただし、これはガイドラインではありません。
毎日新聞の報道でガイドラインから逸脱という言葉が頻回に使われていましたが、2012年の委員会報告で、日本透析医学会としての慢性血液透析療法実施に際しての立場を表明するもので、ガイドラインで無い事を明示すると記載しています。
通常、ガイドラインは多数のエビデンスに基づいて文章かされます。
死生観は個々で全く違ってきますし、その方の置かれた状況も異なります。
とてもガイドラインという一括りのものに置き換えることは出来ませんし、ガイドラインを作成するは我々の奢りとなります。
以上が、透析見合わせの中の非導入に関してのまとめです。
次に、それまで透析を行ってきた方の透析見合わせ、所謂透析中止について書きたいと思います。
2012年の委員会報告での記載に透析継続中止となった背景ならびに理由が書いて有ります。
ほとんどが透析実施不可能だったり、認知症の悪化などの医学的理由で透析継続を断念するケースです。
この場合、透析を行うこと自体が患者の予後を縮める可能性がありますので、やむ得ない理由です。私も病院勤務時代はたくさんの透析患者さんの看取りをしてきました。最終的に状態が悪化して透析が出来なくなりお亡くなりになる事がほとんどです。
これは議論の余地が無い話です。
それで残ったのが、まだ透析を続ければ年単位で生きる事が出来るが、本人の強い希望で透析を止めてしまうと言うケースです。
ここにはまだ十分長く生きられる可能性のある方の非導入例も含まれます。
ここに『 維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言』に書いて有る内容で関係する部分を取り上げてみたいと思います。
・維持血液透析では、倫理委員会の開設は現実的には不可能であり、医療チーム内での合意があることを原則とする
・患者が自己決定を行う際には医療チームは適切な情報提供を行い、患者から十分な情報を収集して患者が意思決定する過程を共有し尊重する
・透析の見合わせを検討する場合は、患者ならびに家族の意思決定プロセスが適切に実施されていることが必要であり、見合わせた維持血液透析は状況に応じて再開される
などの記載があります。
今回の新聞報道で倫理委員会を開かなかったと言う事が問題となっていますが、提言には倫理委員会を開く様にと言う記載はありません。ただ、今回の件にこれがあてはまるかどうかは判りませんのでご容赦ください。
適切な情報提供を行い、患者及び家族から十分な情報収集を行い話し合い個人の意思決定を尊重する。そして本人が希望した場合には速やかに透析を実施する
これらのルールがきちんと守られている事が大切になります。
再度書きますが、年単位で生きられる方が透析を受けない決断をするという事は希なケースであり、ガイドラインに出来るようなものではありません。
様々なケースがありますので、その都度対応していくしかありません。
ここからは私見となります。
提言にも書かれていますが、患者に判断能力があるのか?と言う事は重要なポイントです。
ハッキリとした意思を提示出来る場合でも、一度は精神科医の診察を受けて、鬱などの状況が無いかを確認する事が望ましいと思います。後悔しないためにもその事をお勧めいたします。
どこで看取るかという話になります。
自宅で死にたいと言う方は多いかと思います。
今回のケースも含め、見合わせには法的リスクが伴う可能性があります。
ですので、透析治療を知らない在宅の先生に看取りをお願いするのは申し分けない思いがあります。なかなか方向性を見いだすのは難しいです。
以上、私的意見も含め書いてみました。
今後この様なケースも増えてきますが、まだまだ対応が難しい問題であるとしか言えないと思います。
我々透析医に出来ることは、より良い透析を提供していく事です。
ただ、それでも限界が有る事は事実ですが、最善の方法が取れるように頑張っていきたいと思います。
参考資料
維持血液透析の開始と継続に関する意思決定プロセスについての提言 透析会誌 47( 5 ):269~285,2014
第57回日本透析医学会 学会委員会企画 コンセンサスカンファレンスより 『慢性血液透析療法の導入と終末期患者に対する見合わせに関する提言(案)』 透析会誌 45ó12õ:1085〜1106,2012